船本由佳のブログです。
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2011年06月20日

ヨコハマトリエンナーレPRキャラバン隊に横浜をPRするツアー

110320_145755.jpg先日のヨコハマトリエンナーレPRキャラバン隊のリサーチツアー
ツアーガイドをやりました
テーマはみえない境界線を見る
観光等で一般的に知られる横浜以外の横浜を知ってもらいたいと企画しました
参加したのはヨコハマトリエンナーレPRキャラバン隊キャラヴァンズのみなさん
これから各地でダンスでトリエンナーレをPRしていくみなさんです
わたしは縁あってガイドを頼まれました

横浜駅赤い靴の少女前集合
ポートサイド地区通行しみえない境界線を体感
横浜中央卸売市場見学・坪倉さんインタビュー
シーバスで山下公園へ
中華街は富延でランチ
りえこさんの話しを聞く
寿町福祉会館前を通過・公園見学
伊勢佐木モール福富町を経て都橋商店街を見る
日ノ出町の竜宮旅館美術館で開催中の展覧会を鑑賞
黄金町エリアマネジメントセンターで山野さんに話しをしてもらう
さらに平野さんにエリアを案内してもらう
ジャンリュックヘルムート作品のあるカフェスターをチラ見しつつ、きぃ房茶さんに店舗構造を見せてもらう
ここで45分ほど自由行動
聞き耳プロジェクト収録中のまこくら遠田部長とヨコトリ総合ディレクター逢坂さんとすれ違う
シネマジャック&べティを見てnitehiworksへ
パーティ準備中にもかかわらず中を無理いって見せてもらう
その佇まいと活動にぐっときたメンバーも多かったようだ
若葉町のタイ料理屋さんの前を通り吉田町で立ち並ぶBarをスルーしつつ都橋の二階を通過
野毛ちかみちを通って桜木町へ
一部解散
放課後メンバーのみで鰯と鯨の村田屋へ
藤澤さんから「ヨコハマトリエンナーレをぶっ飛ばす」意気込みを聞きつつイワシのから揚げとクジラの燻製はしっかりいただく
野毛Hanahanaへ
その後サンレモにいったら、グラフィティアーティストのロコサトシさんに遭遇
横浜市歌あらめや音頭を覚える決意をする(わたしは踊れます)
ジャズバーダウンビートとパパジョンにアタックしたのち、かすりにはフラれたため、いつものBARABAへ
超熱唱して(マネージャーが)ふらつきつつ解散
意義深い一日でした
協力してくれた皆さんありがとうございました

皆さんに元気をもらいました。横浜最高!
キャラヴァンズのみなさんには力いっぱいヨコハマトリエンナーレと横浜をPRしてもらいたいです
posted by ちびこ at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ◆最新横浜アート&オンガク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

5/2登米

110502_135857.jpg13時20分 登米 こめどころ 北上川を利用した水上交通、伊達家。昔の水沢県庁があったところ

初日に水族館に行こうとしたように、文化行政にかかわる立場の人がいたことから、被災地の文化施設が開いていたら、応援の気持ちを込めて入場しようと、決めていた
被災地の近隣の皆さんの利用と観光客の激減で、文化施設はきっと入場者数が落ち込んでいることだろう

そこに見かけたのが石ノ森章太郎記念館
正面に「平常通り開館しています」の大きな看板が出ている
この時勢に、そしてこの立地(被災エリアの内陸)だと、閉館していると思い込まれていたり、文化にいれあげるなんて不謹慎という風潮もあるかもしれない
そういう悩みの先に設置された巨大看板に思えた
(残念ながらこの日は定休日で入館できなかった)
これを契機に閉鎖に向かう施設もあるかもしれない
そんな事態を防ぐため、脳天気といわれようと、近隣の皆さんにかわってこうした施設の利用を心掛けたいと思う

そんな意欲でこの次に見つけたのが登米の遠山の里の尋常小学校跡を利用した教育資料館
現地の飲食店を利用しようということで、隣接の食事土産所で食事
とにかく東北で消費したい気持ちになっている
110502_133753.jpgはからずもここはBグルメあぶらふ丼の町ではないか
B級グルメに詳しくて良かった…
あぶらふ丼600円
はっと、という汁物が500円でした
ごちそうさまでした
posted by ちびこ at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月11日

5/2 最大震度のまち 栗原

5月2日に最大震度のまち栗原を訪れたときのメモです

6時15分 いわき出発 磐越自動車道
7時15分 郡山 東北自動車道
8時 仙台
道は比較的スムーズ
ラジオでは生活情報が絶え間無く流れている
暴風警報が出ている

9時40分 宮城県栗原着
岩手との県境の町であり、今回の地震で最大震度を記録した町である
しかし津波の被害が甚大なため、報道で目にする機会は少ないといえる

ここで仲原さんのご友人宅をお見舞い
住んでいた家は潰れてはいないが、余震で崩れる心配があるため、数軒先の家に避難している
古い家屋が立ち並ぶ町並み
年季の入った商店や眼鏡屋、医院などの看板が見える
目立つのは家屋状態の貼紙
赤が危険 黄色が要注意 緑が調査済み
震災があって間もなく栗原市が迅速に家屋の調査を行っているようだ
請書提出・調査・罹災証明の発行などという役場的手順をすっとばした迅速な対応だったらしい
110502_093321.jpgこのあたりは、57軒中、
調査済み 15軒 26% 
要注意 12軒 21% 
危険 30軒 53%
地元の人いわくブルーシート通り・赤紙通りとよんでいるそうだ
瓦屋根のお宅が多いが、最近の瓦屋根は落下を防ぐため瓦と屋根の固定が強く、そう簡単に揺れても落ちないようにできている
それが不幸を呼び、屋根の重みで躯体ごと崩れてしまっている家も。
揺れで瓦が落ちるような昔ながらの屋根だと、重い瓦を振り払い、家本体は残っている

110502_120814.jpg110502_120539.jpg

ご友人呉地さんの家は昔の商家で敷地の奥に蔵が三軒ある
いずれも立派な石で出来たナマコ壁の重厚な蔵なのだけど、ひび割れ歪みができている
市が、8月末までであれば資材の処理を無料で行うとしていることから、なるべくはやく蔵も家屋もすべて壊してしまうつもりだという
それ以降になると自費で行わなければならない
復興にかける費用をなるべく抑えたい市民感情から、古きよき蔵のある町並みは、先を争うように取り壊されることになりそうだ
他地域の津波被害が甚大すぎて、目立たなくなってしまっているけど、震災被害で通りの風景がすっかり変わってしまう町が内陸にある



110502_120738.jpg110502_094603.jpg110502_122341.jpg
この時期(5/2)被災地で写真を撮るのが心苦しく、なんだか花とか緑ばかりとっていた
勝手かもしれないけど、春が来たことに希望を見たかったし、喜びで心を癒したかった
破壊されているもの、被害が甚大な光景ほど、かつてそこにあった暮らしや日常を思い浮かべたいのに思い浮かべることすらできなくて、カメラを握るんだけど、撮影できない
今はものに見えるけど、これはかつてはだれかの大切なものなんだって、阪神大震災の時にも思い知っていた
瓦礫という言葉は使わない
瓦礫なんてないんだ、そこにあるのは、もともとは誰かの持ち物なんです
目の前にあるのは壊れかけた空き家に見えるけど、空き家じゃない。誰かの家なんです
自分が脳天気な馬鹿者に思えるし、やみくもに自分を無礼だと思った
でもここでこうやって伝えることを心に決めていたんだから、しっかり伝わる写真を撮るべきだった
あのときのことはあのときしか記録できないんだ

でもこのときはそんな心境にはなれなかった
posted by ちびこ at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5/1 いわきのメモ

船を海底からひきあげている

小名浜
工場地帯の塀が長く倒れている
道路が波打っている
信号機は消えている
車が壊れておいてある
旅館から電化製品が全部だされている
たくさんのテレビ。電子レンジ。
小名浜トンネルを境に津波被害の有無が分かれる
大量の水浸しになった家財道具が外にだされている

永崎地区
一階がすっかり空っぽになっている
中の作
船が転覆している
「こわしてください」「こわさないで」の貼紙が家屋に貼ってある
豊間地区すべて波で流されている
posted by ちびこ at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

5/1 いわき小名浜

110501_141949.jpg110501_143843.jpg5月1日にいわきに行ったときの記録です

9時に上野発の電車に乗っていわきへ
乗り換えなしで到着
アーバンデサイナーの国吉さんと桂さん
みんなで仲原さんのいわきの家にお世話になる予定。
全員横浜市のまちづくりにかかわるみなさん。

いわき駅でハシケンさんと会って話しました
よそ者には想像が及ばない様々なものの考えがあるんだろう
子供のいる家庭は特にナーバスになる

小名浜のまちは人が少ない
ときおりピンクのジャンパーの団体を見かけるくらい
おそらくボランティアのみなさんで、道路の溝などを掃除している様子だった
アクアマリンふくしまという水族館の近くまで行ってみた。水族館には近づけない

小名浜から北上する
海沿いの道の駅は営業していないが人がたくさん集まっていた
炊き出しをしているのと音楽のイベントをしていたようだ
さらにこの日は花火をあげるという
なにか景気づけにやって無理矢理にでも元気をだしたいという思いが伝わって来る

110501_155150.jpgこいのぼりが泳ぐ視線の向こうに民家
一階は骨組みを残してすべて持って行かれている
家の中のものを片付けて集積している場所もある
アスファルトが剥がれ運ばれて折り重なっている
どういう力が働いたんだろう


この日の時点で公共交通機関はJR四倉まで。
そこから一駅原発に近い久之浜駅付近まで行ってみると、この日一番辛い光景が広がっていた
110501_160551.jpg津波で家が押し流され一面見渡せるほどになっている
通行する場所を道としてものを寄せているのでひとまず道と思われるところを歩いてみる
家のあとに水の入ったコップ

海岸沿いには船が折り重なるように大量に陸にあがっている

110501_161651.jpg久之浜駅を挟んで山側は被害が見た目少ないように見える
被害の差の境界線が、等高線に沿って明確化している

じわじわ福島のことをかんがえている

仲原さんのお宅はいわきで原発から30キロくらい
いつか畑をやってのんびりくらそうと準備していた家
実際に月に二回ほど横浜から来て作物を育てている

仲原さんの家で見たテレビはL字スーパーが二重に出ている
福島では普通の光景
計測された放射能の値がまちごとにテロップで発表される
仲原さんいわくいわきより原発から遠い郡山や福島の方が値が大きい日が多いそうだ
シーベルトの違いで、ほかに地域と比べて安心したり心配したりする日々を「異常だ」といって笑っていた


偶然横浜ゆかりの人で被害家屋の審査のためにいわき入りしている二人がいることがわかり、夜、仲原家で合流することになった
ホテル住いで毎日仕事にあたっているが、当たり前だけどあたりには夜やっている店もないし、息抜きのしにくい環境なんだ。
二人は家屋に全損・半損・一部損の判定を行う仕事でいわき入りしている

地面から1.9メートルのところまで海水が来ているかどうか、など、決められた基準をもとに判断して行くそうだけど、持ち主立ち合いとのことなので、心苦しい場面もあるだろう

「まだ住みたい」「壊したくない」「どうせ壊すのだから全壊と判定してほしい」とか、いろんな思惑があるとおもう
こういう判定は地元の人じゃなくて、地元外の人がある程度ドライに判断してくれたほうがのちの交遊関係に禍根を残さないのでいいと、聞きます
なんにせよハードな仕事
頑張ってほしい

ここで薪で焚いたお風呂、それにいわきのタケノコといわきの山菜をいただきました
posted by ちびこ at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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