船本由佳のブログです。
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2011年11月26日

奇跡の一本松

奇跡の一本松と言われる松です。

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元気なように見えますが生体反応がないことが、確認されました。
ご存知のようにここは高田の松原と呼ばれる松の防波林がありました。350年前に先人が植えたものだそうです。
東西2キロに渡る砂浜に数万本の松が生える景色は国の名勝に指定されていました。

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50年前のチリ地震津波のときには津波に耐えた松原でしたが、今回は、最初の地震で松林が液状化し、水があちこちから吹き上げているところに津波が来たため、地元の佐々木松男さんいわく、「一回目の津波でほとんどが倒れた」そうです。
根こそぎ倒れたもの以外は、途中から折れていて、まるで松のお墓みたいに感じたそうです。
最後に残った一本松は、復興のシンボルのようにいわれています。
松のあるあたりは海に浸食されていて、近づくのが命がけだった時期も長かったそうです。
いまは根の周りを鉄板で囲ってあります。
そばに落ちずに耐えた橋があり。橋が引き潮から一本松を守ってくれたんではないかとされているそうです。
松を蘇らせるには、根に宿る菌の活性化が不可欠です。菌は塩分に弱いため、佐々木さんは毎日塩抜きをして根の真水化に取り組んでいました。8月には新しいホギがでて喜んだのですが、地中から塩分がどうしてもでてきてしまい。10月末に、生体反応がないことが、わかりました。
いまは葉が茂っているように見えます。が、もう蘇らないそうです。
移転も難しいそうです。

接ぎ木による苗作りと松ぼっくりからの種の採取にとりくんでいるそうです



posted by ちびこ at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

陸前高田を歩く

市民体育館から市役所まで歩くことに
市民体育館は、避難所に指定されていたので、みんなが逃げて来たんだけど、津波に襲われてたくさんの人が命を落としました。


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ガイドはaidTAKATAの菅野さんと佐藤さん。
菅野さんは、市街地に住んでいたため、計画が決まらない限り自分の土地での復興はストップ
いまは仮設住宅に住んでいるそうです。

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街は、鉄筋コンクリートの建物の骨組みだけを残して、片付けられている
かつて街だったものは寄せられて積まれています。
市役所は、青いタイルの装飾が印象的な建物です。
市役所の職員は地震のときに誘導にでていき、三割のかたが亡くなったそうです。
市役所に残った人も、避難してきた市民と一緒に役場の建物のなかで避難したそうなんですが、最終的には水は三階だての三階まで達し、屋上に避難したそうです。
逃げきれなかったのか、建物の中から遺体が多数見つかったそうです。

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いまの陸前高田市役所は、プレハブで移転していまそばを通るとソーラーパネルが見えました

posted by ちびこ at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

旧高田高校

最初の目的地は高田高校。旧高田高校というべきかもしれない。高田高校の実体は、すでに大船渡の元農業高校校舎に移転しています。
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このあたりは市役所や市民ホールなどもある市街地でした。
海につながっている平地です。どこも無事だった建物がありません。
街の再整備の対象になっている地域なので、瓦礫の片付いた今は、街の人はいません。
人がいない大きな空間です。

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学校の中はドロや漂流物がそのままになっていました。
青空が目にしみます。
3月11日は、午前授業だったため、部活動のある生徒だけが学校に残っていて、校長判断で高台に避難したそうです。
帰宅した生徒もいて、14にんが亡くなりました。いまも教職員1人と生徒四人が行方不明です。

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教室の中です。
ここは背中が山なので、津波にやられた街がここにおしよせて止まりました。
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体育館の中です。なかは手つかずのまま。車が流れついていました。
高い天井には漂流物が絡みついていました。この高さまで水が来たんですね。
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色紙





posted by ちびこ at 20:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レモン牛乳と飲むとちおとめヨーグルト

陸前高田行きのバスのなかです。
佐野サービスエリアの星空はきれいです
バスが消灯したので続きはまたあした
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posted by ちびこ at 00:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月25日

「伝えること」「忘れないこと」

あした仕事が終われば、0泊3日で陸前高田に行ってきます。

かながわ東日本大震災ボランティアステーションの企画で、陸前高田支援のボランティアバスに乗っていきます。

今回の目的は今後の支援の参考にするためのヒアリングです。

現地にいくと作業に追われて、なかなか現地の人に話を聞くということができませんでしたが、今回は、復興作業に焦点を置くのではなく、ヒアリングしようということで出かけていきます。

震災から半年後の現状と復興の進捗状況を自分の目で確認し、被災された方の声を聞くことで「いま」を正しく理解して、自分自身の活動を「いま」に沿ったものにするというのが目的です。

さらに、地域の人との交流を深めることで、いままでの対団体(避難所という共同体など)の支援ではなく、対個人に、なにをしたら支援となるのか、継続支援をするために、どうしていったらいいのかを考えるんです。

正直、いま、関東にいるままでは、何を考えたらいいのか、想像の範囲を超えません

だから行ってこようと思います。

県立高校や市役所、高田の松原、気仙大工左官伝承館、かもめの玉子(銘菓)の工場、黒崎仙郷温泉などがルートです。
途中、ワークショップやレポートの作成などもある予定です。

今の私に何ができるのか、震災直後のほうが確固たるものがあった気がします。
今の自分に何ができるのか、わかるために、いってきます。
posted by ちびこ at 01:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月16日

中華街のコンシェルジュツアー

111116_124902.jpg111116_125426.jpg111116_131826.jpg美食節の関連行事で、コンシェルジュツアーがあったので参加しました
コンシェルジュは中華街の案内人の試験に受かった人のことです
普段はお店の中で案内をしていますがこうしたイベントのときには町を案内してくれます

いま中華街には620の店舗があり、そのうち226店が飲食店だそうです

きょうは中華街の中にある二つの廟と10の門を中心にガイドしてもらい、小さな小道も歩きました

コンシェルジュは4人ついてきてくれました
みなさん中華街でお店をやっていたり、中華街育ちの方です

お参りの方法や見逃しがちな面白い彫刻なども教えてもらいました
(明日からの二日間は関帝廟のお参りがメインテーマのツアーだそうです。いつも眺めるだけなのでいつかやってみたいとおもいます)

ツアーの最後はランチです

5回あるツアーのうち最後のランチの場所は毎回違います

私が参加したのは重慶茶楼
重慶飯店グループの中でもお茶や点心に重点をおいているお店です
前菜から始まりフカヒレ入り酸喇湯や麻婆豆腐など、少量を少しずつ食べられて、とてもおいしかったです

特にお茶がおいしかった!
凍頂烏龍茶がお茶っ葉が開いていく様子が優雅でしかも上品でとても良かったです

平日ということもあって参加者は少数でした
もったいない!まだ明日明後日もあるそうです
オススメです

香港路は私道です

111116_122225.jpg111116_122459.jpg111116_122716.jpg私の中でいま一番アツイ通り香港路
実は私道なんだそうです
むかしは銭湯などもあったそうです

曲がって台南小路

そして市場通り
戦後自然発生的にできた市場だったそうです
八百屋や魚屋、海老屋、鯉屋鰻屋などもあったそうです

生活スタイルの変化とともに、いまは飲食店ばかりの通りになっています

山下町なのに加賀町警察署のなぞ

111116_121700.jpgむかしこのあたりは加賀潘が警備をしていたので加賀町と名前が残っているそうです

関帝廟の屋根の上には地球

111116_120443.jpg史上初(?)関帝廟の上には龍の球ではなく地球がのっています

関帝廟の参り方

111116_115142.jpg111116_115448.jpg111116_120003.jpg関帝廟につきました
三国志で有名な関羽が奉られています
ことし関帝廟は横浜に開廟して150年です
この建物は四代目です

となりには横浜中華学院があります
三代目の建物はいまの中華学院の敷地内にあったそうです
火事で消失しました
火事の難を逃れた獅子がいまも残っています


関帝廟は商売の神様
マソビョウは富を守る神様
元町で無駄遣いをしないためにマソビョウに参ってからという話もあるそうです

土地の神様が両方の廟にいて5番目に奉るそうです


二番目に供えるのが関帝の香炉です

太いお線香です
中には赤い顔をした関羽様が奉られています

中国では住所氏名誕生日などを告げてお参りするそうです

中華街のご神木

111116_114225.jpg111116_114308.jpg山下町公園
真ん中に欅の木
中華街のご神木


小紅という華僑のみなさんの保育園と
会芳亭という休憩所がそばにあります
もとは会芳楼という建物があったそうです

朱雀門は赤い門

111116_113700.jpgこのさきは元町ショッピングストリートです

時間は昼

馬祖廟のキリン

111116_113227.jpgアミメキリンです
昔の聖獣麒麟とはちがうみたい

馬祖廟のお線香

111116_112921.jpg馬祖廟には5つ鉢があってそれぞれ願い事が違います

お線香を5本買って順番に供えるのが手順です

番号がふってあるのでその通りに。

馬祖廟です

111116_111843.jpg111116_112408.jpg111116_112510.jpg111116_112643.jpg実在のリンモーニャン(林黙娘)さんが奉られている馬祖廟

護国救民の神

天后宮
(大天后宮は台湾にある)

まそさまはいろいろ名前はかわっていっているのだそうです

入口に龍
出口の虎
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